上杉謙信公御祭神「上杉神社」 そして「松岬神社」

2007年7月24日。山形県米沢市。

 

上杉神社に来ました

「上杉神社」の御祭神はかの有名な「上杉謙信公」です。謙信公は1578年(天正6)に新潟県上越市の春日山城で死去しました。49才でした。

御遺骸は春日山城中不識庵(ふしきあん)に埋葬されました。ところが二代景勝公が会津藩を経て米沢藩へ移封(いほう)されたのに合わせ、謙信公の祠(ほこら)も米沢に遷して祀ったそうです。

 

例によって鯉に餌をあげました。鳩もやってきましたね。

 

伊達政宗生誕の地でもある

「上杉謙信公」の像です。

そして明治5年、謙信公と鷹山(ようざん)公を合祀(ごうし)する上杉神社が創建されました(現在は謙信公のみが御祭神です)。

また「上杉神社」の場所は以前米沢城があったところです。戦国時代後期には伊達氏の本拠地が置かれていて、写真のように伊達政宗生誕の城としても知られています。

 

名君「鷹山公」

江戸時代には米沢藩の藩庁が置かれ、二代景勝公・十代鷹山公などの歴代藩主が居住しました。写真はその「上杉鷹山公」の像と、彼の残した有名な言葉です。

なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり

 

ここ「上杉神社」は1919年(大正8)の米沢大火で全焼しましたが、1923年(大正12)に再建されました。

 

設計者は米沢市出身の伊藤忠太博士。明治神宮、出雲大社、靖国神社など数多くの建築物を設計したことで有名な方です。

 

洋犬のような狛犬ですね。かっこいい♪

 

「拝殿」です。今日は火曜日ですが、多くの参拝客が訪れていました。

 

境内のその他の神社

福徳稲荷神社」です。「上杉神社」の本殿の裏にあります。

 

 

春日(かすが)神社」です。春日神社は奈良の春日大社を新潟県上越の春日山頂に分霊したもの。上杉家は代々春日神社を守り神として敬い続け、移封の際にも共に会津から米沢へと移りました。

大正8年の米沢大火で焼失して松岬神社に合祀されましたが、昭和56年に再建されたそうです。

 

稽照殿(けいしょうでん)」です。謙信公・景勝公・鷹山公そして直江兼続公の遺品を中心に展示されております。残念ながら館内は撮影禁止です。

 

招魂碑」です。戊辰戦争で戦死した米沢藩士そして西南戦争の戦死者の慰霊碑です。この近くに、上杉謙信の遺骸を安置した「上杉謙信祠堂跡(しどうあと)」があります。

 

景勝公御祭神「松岬神社」

 

「上杉神社」の隣にある「松岬(まつがさき)神社」です。

 

二代「上杉景勝(かげかつ)

名君の十代「上杉鷹山(ようざん)

鷹山公の師「細井平洲(ほそいへいしゅう)

米沢建設の恩人「直江兼続

米沢藩復興の功臣「竹俣当綱(たけまたまさつな)」と「莅戸善政(のぞきよしまさ)

の六柱を御祭神としています。主君と家臣を一緒に祀っているのですね。驚きです。

もともと「鷹山公」は「謙信公」と共に上杉神社に祀られていました。そして「明治35年に摂社として建てられたこの「松岬神社」に遷されたのです。

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