良寛様ゆかりの五合庵と本覚院そして乙子神社

国上寺(こくじょうじ)から石段を下っていくと五合庵が見えてきます。

全国を行脚した良寛がその後約20年間をここで過ごしたと言われている場所です。

2009年5月24日
新潟県燕市

どうして五合庵という名前なの?

五合庵とは?
もとは国上寺(こくじょうじ)本堂の再建に尽力した万元上人(ばんげんしょうにん)の庵だったそうです。

彼はここで毎日五合の米を与えられ、それが五合庵の名前の由来となったのです。

 

さてせっかくなので他も見てみますか。

良寛句碑そして本覚院山門

良寛句碑 焚くほどは風が持てくる落葉かな

良寛さんは、

燃やして煮炊きするなら、風が運んでくれる落ち葉で十分なんだよ

って詠んでます。

ほひょ

国上山での暮らしは貧しくとも十分満足です、ということですね。

 

あの弁慶が掘った弁慶清水

本覚院(ほんがくいん)参道を歩いていくと、弁慶清水が見えてきます。

源義経が奥州に逃れる途中に弁慶が掘ったとされる伝説の井戸だそうです。

でもこの弁慶井戸はあちこちにあるそうで、これはそのうちの一つだとか。

ほひょ

つまりだ、弁慶は井戸掘りが好きだったのね。

 

本覚院本堂とかわいらしいお地蔵様

かわいいお地蔵様ですね。

…お地蔵様、だよね?

 

舟を資材として建てた舟御堂

ここは舟御堂と呼ばれる場所。

数百年前は当たり一帯が沼沢地(しょうたくち)であり、その時に使用された田舟を資材として建立されたものです。

つまり越後の民の先祖の血と汗が染み込んでいるんですね。

 

千眼堂吊橋

赤い橋が千眼堂吊橋です。

朝日山展望台と五合庵を結ぶ長さ124mの吊橋で、これは新潟の橋50選にも選ばれているそうです。

 

乙子神社 ここも良寛様ゆかりの場所

国上山中腹にある乙子神社(おとごじんじゃ)にやってきました。

御祭神は…

  • 天照皇大神
  • 建諸隅命(たけもろづみのみこと)

です。

 

建諸隅命は弥彦神社の御祭神天香山命(あめのかぐやまのみこと)のあとつぎ。

ほひょ

国上地域の神様ですね。

 

乙子神社草庵

拝殿でお参りを済ませ、右の乙子神社草庵をしばらく眺めておりました。

  • 五合庵の老朽化
  • 山の登り下りが老身にこたえるようになった

結果、良寛様は文化13年(1816年)からこの草庵に移り住んだそうです。

ほひょ

色々大変だったみたいですね。

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